坂本龍馬と勝海舟
坂本龍馬は勝海舟を師と仰いでいました。その事は、手紙にも記されています。
龍馬の手紙
						今にては日本第一の人物勝麟太郎殿という人にでしになり、日々兼兼而思付所をせいといたしおり申候。
						坂本乙女宛 文久三年(1863)三月二十日 龍馬の書簡より
						(今では、日本第一の人物勝麟太郎殿という人の弟子になり、日々兼がね思いついていたところに精を出しております。)
						
						此頃ハ天下無二の軍学者勝麟太郎という大先生に門人となり、ことの外かわいがられ候て、先きゃくぶんのようなものになり申候。
						坂本乙女宛 文久三年(1863)五月十七日 龍馬の書簡より
						(この頃は、天下一の軍学者勝麟太郎という大先生の門人となり、ことの外かわいがられて、客分のようなものになりました)
勝海舟 氷川清話より
						「坂本龍馬。彼れは、おれを殺しに来た奴だが、なかなか人物さ。その時おれは笑って受けたが、沈着いてんな、なんとなく冒しがたい威権があって、よい男だったよ」(勝海舟)
						「塾生の中には、諸藩の浪人が多くて、薩摩のあばれものも沢山いたが、坂本龍馬がその筆頭であった。当時のあばれもので、今は海軍の軍人になっているものがずいぶんあるヨ。」(勝海舟)
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